お盆では、なぜ地獄からの人を迎えるのか?

2016/07/15/| カテゴリー:日本の伝統的な先祖供養

お盆の時期は、
あの世の先祖の方たちとの
ふれあいの機会。

子孫である私たちが、
大勢の先祖の方たちに
孝養を尽くせる期間でもあります。


ですが・・こんなご質問を頂きました。

「いくら先祖でも、
地獄から来た人を家の中に
迎え入れるのには抵抗があります。
どうしても迎えなければなりませんか?」


たしかに「地獄から」と言われると
気持ちが引くかもしれませんね。

しかし長い人の歴史です。

人の世界でも、
同じ○○家一族といっても、
事業で大きく成功した人もいれば、
何らかの犯罪を犯した人もいるでしょう。

途中、戦争もあれば、
何か大きな災害などもありました。

そんな中で、生き延びるために
人のものを盗んでしまったり
人を殺めてしまった方も
いるかもしれません。

たとえば戦国時代。

戦の中で敵方と戦って
相手を倒したときには、
相手の首を切り落として
その首の数を手柄としていた
時代もあったようです。

現代で、人を殺したうえ
首を切り落として、
どこかに晒すようなことがあったら、
許されない猟奇殺人ですね。

どう考えても、地獄行きです。

しかし時代の流れとはいえ、
戦国時代なら許されて、
今の時代には許されない
となるでしょうか。

時代の流れとして、
多少の緩和措置はあるにしても、
人の命の大切さの基本は
変わらないはずです。

ですからあなたが
もし武士の家系だったとしたら、
そのことが原因で多くの先祖が
地獄、あるいは低いところで
苦しんでいる可能性はあります。

また歴史を見ても、
権力の座を争って、
人を陥れた人がいるかもしれません。

相手が絶望のあまり自ら命を絶つほどに
追いこんでしまった方もいるかも
しれません。

現在でも壮絶な遺産相続の争いや、
悪質な詐欺なども後を絶ちませんね。

オレオレ詐欺などで、
もしお年寄りが絶望して
自ら命を絶つほどのことがあれば
行った人は、
自分が直接殺害という手を下さなくても
あの世でかなり厳しい判定を受けます。

生きている時は、
それほどと思わなくても、
あの世で厳しい判定を
受けることもあるのです。

決して他人事ではありません。


情けは人の為ならず

どうか温かい気持ちで、
先祖の方に接してあげて下さい。

あなたが将来、この世を旅立った時に、
子孫からして欲しいと思うことを
ぜひしてあげて欲しいのです。

またお盆の時に、
『地獄の釜のふたが開く』のは、
たとえ地獄に堕ちた人でも、
年に一回、そこらから抜けられる機会を
与えられるからです。

神仏の査定は、大変に厳しいですが、
「気づいた時からでよい」
とやり直す機会も
同時に与えられています。

それがお盆です。

そしてその気づきは、
子孫のまごころのこもった供養が
その大きな力になります。

お盆で迎える先祖は、
何らかの形で
あなたと血のつながりのある人。

これを知っても、地獄からの先祖を
迎えるのを拒みますか?


posted by 藤原 美津子 at 09:00 | 日本の伝統的な先祖供養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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